歌には全くの素人が、なぜ歌集を作ったか
昨年の九月末に、四十五年連れ添った妻が病気(膵臓ガン)で亡くなりました。本書は、彼女が病気にかかってから亡くなるまでの記録を私が歌にして残した歌集です。子供が大きくなってから慶応大学文学部を受験・卒業したり、俳句の会に入って勉強したりしていた妻に比べると、私の方は文学、とくに詩歌にこれまでまったく無縁でした。そんな私が急に歌を詠んだのは次のような理由からでした。
彼女のガンが腹膜に転移して再手術するときに、私は運悪く庭仕事で腰を痛めてしばらくの間寝たきりの状態になってしまったのです。妻にとって身体的・精神的に最もつらいその時期に、私は見舞いにも行けず自宅のベッドで寝ているしかない。やるせない気持ちで悶々としているとき、ふと昔の小学校の恩師の歌集が目に入ったのです。何気なくその本を手にとって読み始めると、胸を打つ歌がたくさんありました。読み進めるうちに、五・七・五の和歌のリズムが心地よく響いてきて、もしかすると「私にも歌が詠めるかも……」という思いに駆られました。
胸に溜まっていた妻への思いを心の赴くままに歌の形にしてみると、歌らしいものが不思議なほど次々にできて、心が落ち着いてきたのです。いまにして思うと、あのときはそれが唯一の心の救いだったのかもしれません。その歌を紙に書いて、病院の妻に届けてもらう生活が二十日間くらい続いたでしょうか。このようにして生み出された歌にその後のものも少し加えて、まとめたのがこの歌集というわけです。
タイトルに込められた亡き妻への感謝の気持ち
読み返してみると、稚拙な歌ばかりで恥ずかしい限りです。ただ、妻の闘病の様子を伝えるユニークな記録になるような気がします。発病から臨終に至るまで時系列的に並べてありますので、当時の私の気持ちがどんなものであったのか思い返すよすがになるような気がします。この生々しい感情は、あの時だったからこそ描くことができたのでしょう。
妻の知人の中には文学を勉強した方や、著名な方もいらっしゃるので、この歌集を差し上げるのは非常に気恥ずかしい気持ちがありましたが、結果的に本にしてよかったと思います。こうして本の形にしておけば、彼女と過ごした想い出がずっと残りますし。彼女が発病してから出版した唯一の句集『根の力』とともに、妻の生きた証が一つでも多く存在するのは、残されたものにとっても嬉しいことです。
彼女は笑顔が素敵な人でした。いつもニコニコしていて、その笑顔が周りの人を惹きつけていたのです。私自身も、何度妻の笑顔に助けられたかわかりません。「微笑みを絶やすことなく」というタイトルには、私からの感謝の気持ちを込めました。
制作期間、わずか一ヶ月、四十九日に間に合った!
妻とは最後の頃、香典返しのことを話題にしたことがありました。具体的に何にしようという結論には至らなかったのですが、香典は医療福祉団体にそっくり寄付し、何か記念になるものをお返ししたいという点で一致しました。私は退職後、ずっと木工を趣味としているので何か素敵な置物でも作れたらよかったのですが、現在の腰の状態では不可能です。妻の意思で、葬式は身内だけで静かに終えていたので、四十九日までにできるものということで、歌集の制作を思いつきました。
ただ、亡くなって三日くらい経ってから突然決めたことなので、時間がほとんどありません。昔お世話になった出版社に電話で相談してみたのですが、どこも時間的に難しいという返事でした。ところが唯一、岩波ブックセンターさんだけが受けてくださったのです。
本書は部数が500部でしたのでオフセットタイプ(本格的オフセット印刷)になるとのことでしたが、さすがに日頃からオンデマンド印刷のスピーディーな対応をされていると感心しました。印刷の仕上がりも、私の希望通りのものになりました。とくに表紙の和紙のピンク色は、千鶴子の笑顔のイメージに似せたいと何度も色校正を出していただいて非常にこだわりましたが、ほぼ希望通りに仕上がりました。少し落ちついたら、今度は気になる箇所に手を加えたりその後作った歌も入れたりして、改訂版を少部数だけ出そうかとも考えています。 |