四十数年間にわたって収集し続けた駅弁の掛紙
昭和三十年代の後半から現在まで四十数年間にわたって、私は出張や旅行先で各地の駅弁を食べるたびに掛紙を集めてきました。昭和四十年頃までは札幌まで汽車で移動するのに、二十数時間かかりましたからね。片道だけでも三、四個の駅弁を食べることになります。集めていくうちに次第にそこに描かれた独特の地域性に興味を持つようになりました。小さな駅弁業者が地域独特の素材を使い、丹誠込めて弁当を作る。その誇りが掛紙に最も表現されていたわけです。
私の専門分野である地理学的に検証してみても、駅弁というのは非常に面白いテーマです。地域によって、その種類にまったく違った特性が出ています。たとえば、「トンカツ弁当」。ポピュラーな駅弁ですが、圧倒的に関東圏に集中しているのは、やはりブタ肉を食べる文化の影響でしょう。関西では肉と言えば、ウシですからね。また、「とりめし弁当」を詳細に検証していくと、そぼろ、ロースト、ミンチ、フライ系と地域的に様々な種類に分かれている。さらにこれらの流れを時代別に検証していくと、食の歴史も見えてきます。本書では、このように各種駅弁を徹底的に種類別・時代別に分析してみました。
電車のスピード化がもたらした駅弁の衰退
明治以来百年以上の歴史を持つ駅弁というのは、日本文化の一端を担う有形文化財と評価してもよいと私は思います。その魅力についてはさまざまな観点から先人たちが語ってきましたが、本書のように駅弁を歴史的観点からその変化・興亡について研究した著作物はありません。私が描きたかったのは、二十世紀文化の一つとしての戦後駅弁の興亡史なのです。
郷土の誇りであった各地の駅弁が国鉄の民営化後、積極的な観光キャンペーンの展開で、ますます発達して種類も豊富になってくる。ところが売り場が立ち売りから売店になり、テレビや雑誌で駅弁が紹介され、デパートでの駅弁大会が人気を呼ぶようになると、駅弁に対する見方の変化が起こってきます。一番大きい変化は、見栄えにこだわること。素朴な食材を並べた弁当から、豪華な食材を前面に押し出す弁当への変化。さらに追い打ちをかけるのが、電車のスピード化による駅弁に対する必要性の減退。新幹線以外で現在、三時間以上電車に乗ることは稀なのですから、地方の駅弁業者がどんどん衰退していっているのは当然の現象です。寂しいけれど、駅弁はやはり二十世紀文化の象徴なのでしょう。私が慈しんできた駅弁は、もはや過去の産物。これから生き残っていくのは、ブランドを前面に押し出し、地域性をなくした都心駅で売られる街弁か、空港で売られる空弁だけでしょう。
少部数だが貴重な書籍を制作できたのは、ブックメイドのおかげ。
本書は五十部限定で制作しました。当初、他の出版社に相談しに行ったら最低発行部数は千部以上だと聞きまして。そんなに発行する必要はないし、コストもかかってしまう。岩波ブックセンターのブックメイドというシステムを紹介してもらって、助かりました。本稿は私の妻がワードで綺麗にまとめてくれて簡易製本までしてあったのですが、やはり販売する本として見た場合には無理があります。少部数とはいえ、きちんと商品として納得できる書籍にしたかったのです。おかげさまで市販の本と遜色ない素敵な本に仕上がり、とても満足しています。カバーデザインもさすがプロだけありますね。口絵カラーの貴重な過去の駅弁掛紙コレクションや、本文中に掲載した駅弁掛紙イラスト(カラフルな掛紙をモノクロにイラスト化)とともに、本書の自慢の一つになりました。
今年の年賀状で本書を発売することを知人に宣伝しておきました。たった五十部ですが、けっこう反響はあるので岩波ブックセンターまで購入しに行ってもらえると幸いです。実際にこうして書店で販売してもらえるのも、著者としては嬉しいですね。増刷はしない気持ちなので売り切れ御免、貴重な書籍を入手できるかどうかは早い者勝ちだと、宣伝しているのですよ(笑)。
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