世界の山を登るようになった理由
学生のころは少し登山の経験があったのですが、本書で書いた本格的な登山を始めたのは50歳半ばになってからのことです。健康のために何か運動をしなくてはいけないなという程度のことだったので、近所の山の散策から始まりまして、それが八ヶ岳になり、南アルプスになり、北アルプスになり…といった山に登る人なら誰でもたどる典型的なコースをなぞっていきました。
ところが冬山を登ろうとすると、一人では危険なので山のクラブに参加することになります。堀田弘司さんという、岩波書店からも「山への挑戦」という本を出している有名な人のクラブに参加しましてね。週に一度の会合に毎週欠かさず通っては、山の話で盛り上がっていきました。そんな中で仲間から「今度の夏に、スイスに行きませんか?」と誘われたわけです。
もちろんずっと海外の山にはあこがれていましたけど、当時はまだサラリーマンの身分でしょ。若いときほど忙しくはないといっても、二週間も長期の休みをとるわけにはなかなかいきません。それでも「行けるチャンスに行かないと、二度と登れないかもしれない」と自分をけしかけ(笑)、思い切ってスイス・アルプスに登ったのが僕の海外登山経験の第一歩になります。
最初の登山で滑落。登山の怖さを思い知った。
初めてのスイス・アルプスでは、大変な目にあいました。登頂には成功してすばらしい景色を眺めることができたのですが、下山時に仲間がすべって滑落してしまったのです。当然、私もザイルに引っ張られる形で絶壁のアイスバンを何百メートルも滑落していきました。その時のことは、あまり覚えていないですね。恐ろしいというより、ただ体を止めるために必死でしたから。たまたま途中に岩がなかったから生きていられたけれど、全身打撲の状況ですよ。仲間の一人は足を骨折。ピッケルが真っ二つに折れた人もいて、よく助かったものだと思いました。
この時に感じたのは、山登りは偶発的要素が強いということでしたね。自分でいくら気をつけていても、どうしようもないことも起こりうる。山登りの怖さと奥深さを、幸いにしてはじめての海外登山で知ることになりました。幸いにして、骨折をした友だち以外は三日程度の入院ですみました。遭難にかかったコストは、現場から病院までのヘリの輸送代金、入院費用等を含めて43万円ほどです。
素晴らしかったパタゴニアの大自然
その後、私が60歳から76歳くらいまでの間に登った世界の山や、訪ねた遺跡の旅を記録したのが、本書「世界の名峰と遺跡を訪ねて(上、下)」というわけです。スイスから始まってヨーロッパ各国、インド、南アメリカ、アラスカに至るまで全部で30ヶ所。我ながら、よく行ったものだと思いますね。登山を始めた頃から写真を撮るのも趣味になっていましたし、いつか自分の登山の記録を本にしたいと夢見ていましたから、日記を詳細につけていたんです。おかけで、今読み返すだけでも懐かしい記述がたくさん残っているんですよ。
一番感動した風景ですか? 山頂の風景はどこも素晴らしいのですけど、パタゴニアの大自然がとくに記憶に残っていますね。誰にも荒らされない、言葉通り未開の地なんです。下巻の表紙に使ったフィッツ・ロイという名峰などは、本当に素晴らしかった。どこまで歩いても人の姿もないし、家もない。すごい大自然の風景に圧倒されたものです。スイスの山はどこも綺麗なのですが、最近はどんどん観光地化されてきてしまっているのが残念です。
僕が初めに訪れたころは、カラコルムの山々はまだまだすごい場所だったのですよ。トラックで登山口にたどり着くまでが大変で、丸一日かけて砂利道を走り続けたものです。車から山の細い岩道の下を見下ろすと、断崖絶壁になっていたりする。ちょっとでもハンドル操作を間違うと、あの世行きですよ。そんな道も、崖崩れにより巨大な岩でふさがれてしまうなんてことも日常茶飯事。ただでさえ三、四日に一便しか飛行機が飛ばない空港なのに、帰り道で車が立ち往生してしまったりね。この先どうなるんだと不安に思っていたら、我々のために一日出発を延ばしてくれました。こういうところがおおらかでしたし、いい想い出にもなりましたけど、今ではもう考えられませんね。道路も綺麗に整備されて、何かあったらすぐ補修してくれますから。便利にはなりましたけど、登山の楽しみという点ではある部分が失われていっているのかもしれません。
ハイグレード印刷により、とても綺麗な書籍に仕上がった。
本書は、A5版サイズで上下巻とも約400ページ。ボリューム的にも相当の本になりましたし、これまで撮りためた写真を150点以上も掲載することができ、自分としてはとても満足しています。表紙も素敵なデザインにしていただき、自分が考えていた以上の仕上がりになっています。50部程度しか印刷しないので、もっと簡素な本になるかと思っていたのです。ところが、印刷もハイグレード印刷を勧めていただいたので、オンデマンド印刷とは思えない美しさ。それほど印刷のことに詳しいわけではありませんが、文字も写真も、一般の書籍(オフセット印刷)と遜色ないと思いますよ。
欲をいえば、もう少し文章が何とかならなかったかなと反省しているのですけど(笑)。もし今後、もう少し体力が続くようなら、今度は訪ねた「欧州の町々」について私なりの考えをエッセイとして書いてみたいという気持ちはありますね。ただ、その前にやりたいのは写真集です。今回の山の本でカラー写真が掲載できなかったので、これまで撮り貯めた写真をぜひ写真集としてまとめてみたい。岩波ブックセンターでもオフセット印刷の画集を作れるとのことなので、ぜひ近いうちに写真を整理して、またお願いしたいと思っているのですよ。
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